アンティークレッスン No6 何故インタリオのモチーフがクレオパトラといえるのですか?
- 2013年03月28日
- アンティークレッスン
アンティークレッスンNo6は、18世紀のクレオパトラのインタリオリングについてご説明させて頂きます。
クレオパトラがモチーフのリングはかなり珍しく、特別に注文された事がわかる素敵な18世紀のリングです。
このインタリオをお買い上げ頂いたのはとても有名な物理学者の方で、こんな質問をして頂きました。
「何故、このモチーフがクレオパトラと言えるのですか?ギリシャ時代の普通の女性のようにも見えますが、違いを教えて下さい。」
モチーフを特定する時には現代の感覚で考えるのではなく、古代の資料とインタリオを見比べて細かく観察することが大切です、さらに18世紀当時の人々や文化、このリングを作った人物を想像すると理解が深まります。
この質問にお答えした内容を元に、このインタリオが作られた時代を舞台に、あなたを主人公にした小さな物語を作ってみました。
H.G.Wellsの映画のようなタイムシーンで18世紀へタイムスリップしてみましょう。。。
18世紀には、1738年にローマで古代ローマ都市ヘラクラネウム、1748年に古代都市ポンペイの発掘が開始されるという一つの大きなムーブメントがありました。
遺跡から発掘される古の美に憧れを募らせます。
古代都市の発掘は18世紀からその後も長く続けられ、多くの遺物が発掘されました。
裕福な人々は実際にローマ都市へ周遊し、特にイギリスではグランドツアーと呼ばれる長期旅行にローマが組み込まれるなど、当時の貴族階級の人々の教養にとってなくてはならない土地がローマだったのです。
「サビニの女たち」ジャック=ルイ・ダヴィッド 1799年 ルーブル美術館
古代遺跡や彫刻は18世紀の芸術にも影響を与え、バロックの要素が強いロココ様式とは違った古典の影響を得た新古典主義が生まれます。
「ホメロス礼賛」ジャン=オーギュスト・ドミニク・アングル 1827年 ルーブル美術館
芸術家達はこの新古典主義の作品を作り傑作も多く生まれていきました。
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ここからは、古代美術への情熱が花開いた18世紀、インターネットもテレビもない時代にあなたが生きていると想像してみて下さい。。。
美しい芸術に興味の有るあなたは古代ローマ美術の愛好家の青年でした。
古代遺跡の書物を読んだあなたは古代遺跡を実際に目にする為に
ローマを訪れることにします。
ローマでは沢山の素晴らしい古代遺跡に足を運び、美術館やプライベートコレクションの古代の彫刻やレリーフ、インタリオ、カメオを目にし、古代世界の美に圧倒されてしまいます。
古代美術への情熱が頂点に達したあなたは、、
「古代ローマやヘレニスティックの素晴らしいインタリオを美しい指輪にセットしていつも身に着けていたい ! 一体どうすれば、美術館で見たようなインタリオを指輪にして身に着けていられるのだろう、、、?」
、、と夢を見始めます。
当時、あなたの夢を叶える方法は3つありました。
1、本物の古代ローマかヘレニスティックのインタリオを幸運にも獲得する(入手が難しく非常に高価です)
2、フェイクの古代のインタリオを購入する(18世紀後期より、古代ローマやギリシャのインタリオの模倣作品が古代世界に興味を持ち始めた愛好家達へ作られ始めます。フェイクインタリオの始まりです。)
3、現代の(18世紀当時の)彫刻師に依頼して、古代風のオリジナルインタリオのリングを注文する。
あなたは考えた末に古代風のオリジナルインタリオのリングを注文することにします。
18世紀当時、古代風のオリジナルインタリオをセットした指輪を作る事はお洒落で斬新な事でした、あなたはこのアイデアにとっても満足しています。(このクレオパトラのインタリオリングはインタリオのスタイルと指輪のスタイル、セッティングから18世紀の指輪だということは明らかです。このレッスンでは説明は省きます。)
「せっかく注文するのだから、古代世界の最も惹かれる人物をモチーフに選びたい、、」
沢山の古代世界の人物を想う中で、あなたは学生時代に読んだ古代ローマの伝記作家スエトニウスが2世紀に書いた「De vita duodecim Caesarum libri」を思い出します。
その本はジュリウス・シーザーについてラテン語で書かれた本でした。
ルイ・ゴフィエ 1788年
ロマンティシズムの始まりでもあったこの時代、シーザーとクレオパトラの力と愛と死のロマンティックでダイナミックなストーリーに強く心惹かれたあなたはシーザーかクレオパトラをモチーフに選ぶ事を考えます。悩んだ末、あなたは男性だったので、女性であるクレオパトラをモチーフに選びました。
クレオパトラを注文する事に決めたあなたは、芸術的なセンスも技術も兼ね備えた評判の高い彫刻師に早速注文をします。
感性豊かな芸術家でもある彫刻師は、クレオパトラのインタリオリングの作成、というかなり珍しい注文をとても興味深く思いました。
彫刻師は古代美術への深い情熱と優れたセンスを持つ注文主に満足してもらえるようなインタリオリングを作る為に、本物の古代の資料から自分のイマジネーションを膨らませる事ができるようなものを探しました。
彫刻、レリーフなどにも良い物がありましたが、中でも古代のコインは大きさもインタリオに似て小さいし、クレオパトラの顔がいろいろなバージョンで表現されているし、資料としても身近で手に入りやすい事に気がつきます。
そこでいくつかの古代のコインを参考にし、クレオパトラと特定できるような大切な特徴をきちんと取り入れる事に注意しながら、芸術家である自分のイマジネーションも加えて美しいクレオパトラのインタリオリングを完成させました。
注文したクレオパトラのリングを受け取ったあなたは想像以上の出来映えに感動します。
「こんなに素晴らしい指輪なのだから、古代のクレオパトラの彫刻のように長く残ってくれたら素晴らしいな、、、」とずっと大切にしました。。。
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それが、このインタリオリング、18世紀の注文主と彫師のコラボレーション作品です。
約250年の時を超えて大切にされて、良い状態で残っています。
素晴らしい事ですね。
勿論、このインタリオリングが出来る過程は、例として今回ご紹介した青年の話以外にも沢山の可能性があります。
もしかしたら、クレオパトラ好きの恋人へプレゼントする為に注文した品物だったのかもしれません。
いろいろな物語を想像してみて下さいね。
一度、物理学者の質問に戻ってみましょう。
「何故、このモチーフがクレオパトラと言えるのですか?ギリシャ時代の普通の女性のようにも見えますが、違いを教えて下さい。」
それでは、何故、このリングがクレオパトラと言えるのか?
実際に古代のコインと見比べていきたいと思います。
このインタリオを粘度に押した画像を見てみましょう、彼女には独特の特徴がある事に気がつきます。
それは、、
1)ティアラ
2) ポコポコした独特の髪型
3)丸く結った髪型 耳付近の長い毛
4)衣服
、、、の4つです。
18世紀には、古代のインタリオの専門書などはもちろん無いので、彫刻師は美術館や有名なコレクションの彫刻、レリーフ、古代のコイン、インタリオ、カメオなどの中からインスピレーションを受けていた事になります。
その中でも、彫刻師の一番身近にあり、手に入りやすく、効果的に参考になるものは古代ローマや古代ギリシャのコインだったと思われます。
まず、このインタリオの女性が身に着けているティアラ、ティアラは特別な装身具です。
これは彼女がおそらく神々の女王ヘラ、もしくは人間の女王、皇后という事を表しています。
ここで普通の古代世界の女性という可能性は消えます。
そして、この丸くボコボコした髪型には非常に特徴があります、女神でこのような髪型の女性はいません。
そこで女王や皇后のコインを調べたところ、この髪型の特徴を持っているのは女王クレオパトラでした。
クレオパトラは多くの絵画が表しているように18世紀には既にポピュラーな存在、特別に注文するには十分の人物です。
さらに、神々を特定するような特別なアートリビュートも彫り込まれていません。人間の女王クレオパトラの可能性が高い思って良いようです。
そして、この丸まった髪型と巻き毛、この髪型もクレオパトラのコインや彫刻に見られる特徴です。3つもクレオパトラと同じ特徴がそろいました。このインタリオのモチーフは女王クレオパトラと言えるでしょう。
それでは実際にクレオパトラの古代のコイン等を見てみたいと思います。
同じ特徴を白丸で囲みました。
インタリオと資料を見比べる時、顔が似ているかどうか?完璧に酷似しいているかどうか?ということはそれほど重要ではありません。
なぜなら、18世紀の芸術家である彫刻師にとって表現は自由であり、必ずしも酷似させなければいけない理由は無いからです。
おそらく、見比べた資料の中で(おそらくコイン)彫刻師にとって一番想像力をかき立てたもの、そしてクレオパトラだと特定できる大切な特徴を主に抜き出して彫刻師の感性で作品を仕上げていたからです。
コインのクレオパトラのティアラと、インタリオのティアラは形状が違いますが、頭にティアラをつけている、という点が認識出来れば良いのです。おそらく彫刻師は、クレオパトラが普通の女性ではなく女王である、ということをより強調する為に、このような形状のティアラにしたか、もしくは顔と頭部の差をよりはっきりさせて横顔を印象深いものにしたかった、などの理由があると思います。
このコインのクレオパトラはイヤリングとネックレスを身に着けているタイプです。このように、必ずしもクレオパトラのイメージは一つだけではありません、あくまでもクレオパトラの特徴を備え、やや特徴に差があるコインも存在しているということです。
他のコイン。
こちらはクレオパトラの彫刻です、首筋の毛がはっきりと共通点として見られます。
こちらは他の彫刻の例、共通点があることがわかります。
このようにして、インタリオの特徴を細かくとらえて資料と比較するとインタリオのモチーフがクレオパトラであるという事がわかるのです。
さらに文化的背景や注文主の心理なども加えて想像すると、より深く作品を理解できます。
まるでタイムマシンで旅に出ているみたいで面白いと思いませんか?
Parisのアンティークディーラー 仙波亜希子 Akiko semba